困難な問題を抱える女性への支援に関する法律
困難な問題を抱える女性への支援に関する法律は、困難な問題を抱える女性への相談、保護、心身の回復、自立に向けた援助などについて定める日本の法律である。令和4年法律第52号として制定され、主要な規定は2024年4月1日に施行された。厚生労働省は「女性支援新法」と呼んでいる。[1][2]
従来の売春防止法に基づく婦人保護事業から、女性の福祉と人権の尊重・擁護を中心とする支援へ転換することを背景に制定された。女性相談支援センター、女性相談支援員、女性自立支援施設を中心とし、行政と民間団体の協働によって早期から切れ目なく支援する仕組みを設けている。[1][3]
一方、法律が包括的支援の中心的な対象を女性として規定していることから、同様の困難を抱える男性との扱いの違いが、男性差別の観点から批判されている。男性解放の会のウェブサイトに掲載された論考は、性別にかかわらず困難を抱える人を支援する法律への改正を求めている。これは同論考の政策的・法的評価であり、裁判所による違憲判断を示すものではない。[4]
法律の目的と成立の背景[編集 | ソースを編集]
婦人保護事業からの転換[編集 | ソースを編集]
厚生労働省女性支援室が『共同参画』2025年5月号に寄稿した解説によれば、従来の支援は1956年制定の売春防止法に基づき、売春を行うおそれのある女子に対する保護更生などを目的として実施されていた。しかし、支援を必要とする女性の問題は、虐待の経験、障害に関連する生活上の困難、性暴力被害、生活困窮などへ広がり、複数の問題が重なる場合もあった。このため、保護更生を中心とした従来の枠組みとは別に、支援を中心に据える法律の必要性が指摘された。[3]
同解説は、こうした経緯を受けて2022年5月に新法が制定されたと説明する。法律の附則は施行日を2024年4月1日と定めており、同時に公布日から施行する一部の規定も設けている。したがって、制定・公布と、本格的な支援制度の施行は区別される。[1][3]
目的と基本理念[編集 | ソースを編集]
第1条は、女性が女性であることにより様々な困難に直面することが多いという認識を示し、困難を抱える女性の福祉を増進し、人権が尊重され、安心して自立して暮らせる社会に寄与することを目的としている。第3条には、本人の意思を尊重した包括的支援、関係機関と民間団体の協働による早期からの継続的支援、人権の擁護と男女平等の実現という基本理念が置かれている。[1]
国と地方公共団体は、これらの理念に沿って必要な施策を講ずる責務を負う。支援に当たっては、福祉だけでなく、保健医療、労働、住まい、教育などの施策を活用することも求められる。法律は単一の相談窓口を設けるだけでなく、複数分野の制度を結び付ける構造となっている。[1]
支援の対象[編集 | ソースを編集]
困難の種類と予防的支援[編集 | ソースを編集]
第2条は、性的な被害、家庭の状況、地域社会との関係性その他の事情により、日常生活や社会生活を円滑に営む上で困難な問題を抱える女性を対象者として定義し、そのおそれのある女性も含める。既に被害や生活上の問題が表面化した人だけでなく、困難に陥るおそれのある段階も対象に含まれる。[1]
この定義は、困難の種類を売春に関連する問題だけに限定していない。また、第1条が示す立法目的と、第2条が列挙する具体的な困難の範囲は区別して読む必要がある。第2条に挙げられた家庭や地域社会に関する問題について、条文は個別に「女性にしか生じない問題」であることを要件とはしていない。[1]
本人の意思と個別の状況[編集 | ソースを編集]
第3条は、抱える問題とその背景、心身の状態などに応じた支援を本人の意思を尊重しながら行うことを基本理念とする。第9条第4項も、支援対象者の状況を把握し、その意向を踏まえて最適な支援を行うと定める。女性であればすべて同じ支援が自動的に提供されるのではなく、相談や状況の把握を通じて必要な対応を組み合わせる仕組みである。[1][3]
主な支援機関と支援内容[編集 | ソースを編集]
| 機関・仕組み | 法律上の位置付け | 主な役割 |
|---|---|---|
| 女性相談支援センター | 都道府県に設置義務。指定都市は設置可能(第9条) | 相談、緊急時の安全確保、一時保護、医学的・心理学的援助、就労・住居・施設利用等の調整 |
| 女性相談支援員 | 都道府県等に配置。市町村は配置の努力義務(第11条) | 支援を必要とする女性の発見、相談、専門的知識・技術に基づく援助 |
| 女性自立支援施設 | 都道府県が設置可能(第12条) | 入所による保護、心身の回復、生活の支援、退所後の相談・援助 |
| 民間団体との協働 | 都道府県の業務として規定。市町村も実施可能(第13条) | 訪問、巡回、居場所の提供、インターネットの活用、関係機関への同行などによる発見・相談・支援 |
| 支援調整会議 | 地方公共団体に組織する努力義務(第15条) | 関係機関や民間団体の間で情報を交換し、必要な支援内容を協議 |
以上は法律第9条、第11条から第15条までの規定に基づく。設置義務、努力義務、設置・実施が可能であるという規定は、それぞれ異なる。[1]
相談から一時保護、自立支援へ[編集 | ソースを編集]
女性相談支援センターの業務には、相談を受けることに加え、適切な相談機関を紹介することも含まれる。緊急時には安全の確保や一時保護を行い、必要に応じて心身の回復を支援する。自立に向けては、就労、住宅の確保、保育などの制度について情報提供や助言、関係機関との連絡調整を行う。[1]
厚生労働省の解説は、相談者ごとに課題とニーズを把握し、一時保護や福祉サービスにつなぐほか、中長期的な支援を必要とする人には女性自立支援施設等への入所を案内するとしている。相談、保護、施設への入所はすべての人が順番に経る一律の手続ではなく、個別の状況に応じて選ばれる支援である。[3]
同伴家族への対応[編集 | ソースを編集]
第9条第3項第2号は、支援を必要とする女性が家族を同伴する場合、一時保護等の対象にその家族を含めている。この取扱いは、同項の心身の回復や自立に関する援助、施設利用の調整及び第12条第1項の施設による支援にも及ぶ。第9条第9項と第12条第3項には、同伴する児童の状況に応じた学習や生活の支援も規定されている。[1]
したがって、この法律について、男性や男児がいかなる形でも支援に関係しないと説明するのは正確ではない。女性に同伴する家族を含める規定と、困難を抱える男性自身を独立した対象者として規定することは、別の問題である。[1]
民間団体と関係機関の連携[編集 | ソースを編集]
法律第6条は、福祉事務所、児童相談所、医療機関、職業紹介・職業訓練機関、教育機関、警察、法テラス、配偶者暴力相談支援センターなどとの連携に配慮するよう定める。第13条は、民間団体の自主性を尊重しながら協働することを規定する。[1]
2025年の厚生労働省の解説では、民間団体による繁華街での夜間の見回りや声掛け、SNSを通じた相談、居場所の提供などが紹介された。同解説は、新法施行を機にこうした活動を支援する自治体や団体が増え、2025年度には補助事業のメニューを追加したと説明している。ただし、この記述だけでは、個々の事業の成果や、男女間の支援水準の差を数量的に評価することはできない。[3]
男性差別としての論点[編集 | ソースを編集]
困難が共通していても対象者の定義が異なる[編集 | ソースを編集]
本法の対象者は、困難を抱える「人」一般ではなく、困難を抱える「女性」と定義されている。相談、一時保護、心身の回復、住まいと就労の調整などを組み合わせた支援体制も、この対象者の定義に沿って構成される。法律本文には、同様の困難を抱える男性自身を、女性と同じ対象者として位置付ける一般規定はない。[1]
この点を批判する男性解放の会の論考は、性被害、家庭の状況、地域社会との関係性などの困難は男性にも生じるとして、第1条・第2条の対象を性別にかかわらないものに改めるよう求めている。同論考が問題とするのは、困難の内容が類似していても、性別によって本法における独立した支援対象者としての位置付けが異なる点である。[4]
個別の困難と集団を対象とする政策[編集 | ソースを編集]
法律は、女性が女性であることにより様々な困難に直面することが多いという認識を立法目的に掲げる。一方、実際の支援では、本人の意思、問題の背景、心身の状態に応じた対応を定めている。このため、女性という集団を対象に支援体制を整備する政策上の考え方と、性別にかかわらず一人ひとりの困難を把握して支援するという考え方の関係が論点となる。男性解放の会の改正要求は、後者を性別を問わない法律の形で実現すべきだという立場である。[1][4]
本法の対象に男性を明記していないことと、男性に対する福祉制度が一切存在しないことは同じではない。男性の不利益を検討する際には、本法の制度上の差と、他制度を含めた支援全体の実態を分けて確認する必要がある。生活困窮者自立支援制度や、男性からの相談にも対応するDV相談プラスは、その比較に関係する制度である。[1][5][6]
相談できることと、同じ支援が受けられること[編集 | ソースを編集]
女性支援新法は、相談対応だけでなく、安全の確保、一時保護、心身の回復、施設での生活支援、退所後の援助までを規定している。このため、男女の支援を比較する場合、相談窓口の有無だけでは制度の内容全体を比較したことにはならない。他方、窓口の名称や法律上の対象者だけから、すべての男性が必要な保護を受けられないと断定することもできない。[1][5][6]
比較に当たって区別される事項としては、相談を受け付ける対象、緊急保護や宿泊場所の確保、心理的・医療的援助、子を伴う場合の対応、住まいと就労の継続的支援などがある。本法はこれらのうち複数を女性への包括的支援として結び付けているが、男性について同等の利用可能性があるかは、別の制度の要件と地域の実施状況も確認しなければならない。[1][5][6]
男女平等の理念と違憲論の区別[編集 | ソースを編集]
第3条第3号は、人権の擁護と男女平等の実現に資することを基本理念としている。これに対し、男性解放の会の論考は、対象を女性に限定する本法を憲法第14条の平等原則に反するものとして批判し、性別を限定しない法律への改正を求めている。[1][4]
この批判は、当該論考の主張として扱われる。本項で参照する法律本文、行政解説、同論考は、それ自体として裁判所が本法を違憲と判断したことを示す資料ではない。制度の対象に性別差があるという条文上の事実、その差を不当と評価する主張、司法上の違憲判断は区別される。
男性も利用し得る別の支援との関係[編集 | ソースを編集]
生活困窮者自立支援制度[編集 | ソースを編集]
厚生労働省は、生活困窮者自立支援制度の対象を、仕事や生活などの様々な困難によって生活に困窮している人と案内している。女性に限る制度としては説明されておらず、仕事が見つからない、働きたくても働けない、家賃を払えない、住居がない、社会に出ることに不安があるなどの事情が挙げられている。[5]
同制度の自立相談支援事業では、相談者と支援員が必要な支援を考え、個別の支援プランを作成する。これに加えて、住居確保給付金、就労準備支援、家計改善支援、就労訓練、子どもの学習・生活支援、居住支援などの事業が案内されている。住居確保給付金には資産・収入や就職に向けた活動等の要件があり、制度名だけで無条件に給付を受けられるわけではない。[5]
この制度も個別の支援プランや関係機関へのつなぎを含むため、女性支援新法だけが包括的な相談援助を行うと説明するのは適切ではない。両者は支援内容が重なる部分を持つが、対象者の定義、機関の位置付け、保護や施設に関する規定は異なる。本法第5条・第6条も、他の福祉施策の活用と関係機関との連携を予定している。[1][5]
DV相談プラス[編集 | ソースを編集]
内閣府のDV相談プラスは、配偶者やパートナーからの暴力に関する相談について、男性の相談にも対応すると明記している。2026年10月20日の確認時点では、毎週日曜日の15時から21時には専用回線で受け付けると案内されている。ウェブサイトでは、相談内容を聴いた上で必要と判断した場合の面接、同行支援、安全な居場所の提供も説明されている。[6]
この案内は、男性からのDV相談を受け付ける公的事業が存在することを示す。一方、すべての相談者について、性別や地域、個別事情にかかわらず同一の宿泊施設や支援内容が提供されるとまでは記載していない。女性支援新法の対象外である男性の保護を評価する際は、相談への対応と、実際に提供された保護・援助の内容を分ける必要がある。[6]
計画、財政負担と支援の質[編集 | ソースを編集]
国と自治体の計画[編集 | ソースを編集]
第7条は厚生労働大臣による基本方針の策定を義務付け、第8条は都道府県に基本計画の策定を義務付ける。市町村については基本計画を定める努力義務とされる。計画の策定・変更時には公表も求められる。全国的な方針と地域ごとの実施計画を組み合わせて支援を進める仕組みである。[1]
女性相談支援センターの設置は都道府県の義務である一方、女性自立支援施設については設置することができるという規定になっている。市町村の支援員配置や支援調整会議も努力義務である。この違いから、法律上の枠組みを確認することと、各地域での実施内容を確認することは区別される。[1]
公費負担と民間団体への援助[編集 | ソースを編集]
第20条は、センターや一時保護、支援員、自立支援、民間団体との協働による支援などの費用について、都道府県・市町村の支弁を規定する。第22条では、センターと一時保護に係る一定の費用について国が2分の1を負担することなどを定める。その他の費用には、予算の範囲内で2分の1以内を補助するものや、全部又は一部を補助することができるものがあり、一律の国庫負担ではない。[1]
第19条は支援活動を行う民間団体への必要な援助に努めることを定める。第21条には、社会福祉法人が設置する女性自立支援施設の設備費の4分の3以内を都道府県が補助できることや、協働事業を行う際の民間団体への補助が規定されている。これらは法律上の負担・補助の仕組みを示すもので、特定年度の予算額、実際の支出額、個々の団体への交付額とは異なる。[1]
秘密の保持、人材確保、評価[編集 | ソースを編集]
第9条は一時保護の委託先に、第15条は支援調整会議の関係者に、それぞれ業務に関して知り得た秘密の保持を求める。第23条には、該当する守秘義務への違反に対する罰則が置かれている。また、第18条は支援者の処遇の確保、研修などを通じた人材の確保・養成と資質向上について規定する。[1]
附則第2条は、公布後3年を目途に、支援を受ける人の権利を擁護する仕組みと、支援の質を公正かつ適切に評価する仕組みについて検討することを定める。さらに、施行後3年を目途とする施行状況の検討も別に規定する。権利擁護・評価の検討と、施行全体の検討では、起算点が異なる。[1]
2026年の検討状況[編集 | ソースを編集]
厚生労働省は2026年に「困難な問題を抱える女性への支援に関する検討会」を開催している。第1回は同年7月29日に開かれ、法律に基づく施策の現状と課題、検討の視点の案などが議題となった。[7][8]
2026年10月20日に確認した開催一覧では、第2回は9月2日に女性相談支援センターと自治体からのヒアリング、第3回は10月5日に女性相談支援員、女性自立支援施設、民間団体からのヒアリングを実施したとされる。これは検討が行われていることを示す開催情報であり、支援対象を男性にも広げる法改正が決定されたことを示すものではない。[7]
資料の範囲と関連項目[編集 | ソースを編集]
本項の制度説明は、2026年10月20日に確認したe-Govの施行中の条文と、厚生労働省等の公式資料を中心とする。男性差別としての批判は、男性解放の会に掲載された論考の主張として記載した。法律の対象者に性別差があることから、各自治体における男女別の利用率、相談拒否の件数、保護の成否、支援の成果までを直接推定することはできない。
関連する個別の論点として、住居を欠く人への支援はホームレス、地域の男性DV相談は青森市のDV相談窓口を参照。本項は、女性支援新法そのものの法的な枠組みと、性別による対象者の違いを扱う。
出典[編集 | ソースを編集]
- : e-Gov法令検索、困難な問題を抱える女性への支援に関する法律 | e-Gov 法令検索(2025年6月1日施行の条文、閲覧日 2026年10月20日)
- : 厚生労働省、困難な問題を抱える女性への支援|厚生労働省(閲覧日 2026年10月20日)
- : 厚生労働省社会・援護局地域福祉課女性支援室、女性支援新法が施行されて1年が経ちました、「共同参画」2025年5月号 | 内閣府男女共同参画局(2025年5月号、閲覧日 2026年10月20日)
- : 若松琢人(男性解放の会)、【シリーズ男性差別】「困難女性支援法」は男性の非人間化を促進している | 男性解放の会 - Association for Men’s Liberation(掲載日 2026年8月6日、最終更新日 2026年8月7日。本文冒頭の日付は8月5日。閲覧日 2026年10月20日)
- : 厚生労働省、生活困窮者自立支援制度 |厚生労働省(閲覧日 2026年10月20日)
- : 内閣府、DV相談プラス プラス相談箱|内閣府 DVのお悩みひとりで抱えていませんか?(閲覧日 2026年10月20日)
- : 厚生労働省、困難な問題を抱える女性への支援に関する検討会|厚生労働省(閲覧日 2026年10月20日)
- : 厚生労働省、第1回 困難な問題を抱える女性への支援に関する検討会 議事録|厚生労働省(開催日 2026年7月29日、閲覧日 2026年10月20日)